これからの駐車場ビジネス(第9回)
「駐車スペースから社会インフラ設備へ」
IHI運搬機械株式会社 プロジェクト推進統括部
理事/統括部長 村井 厚則
いま、国内の駐車場は大きな転換期を迎えています。約8,000万台で頭打ちの自動車保有台数に対して、駐車場供給は右肩上がりに増え続け、全国的に稼働率の低い駐車場が増加する傾向にあります。国交省が2018年7月にまとめた「まちづくりと連携した駐車場施策ガイドライン」では、過去、同省が第一義としてきた「駐車場の整備推進」が、「抑制」「転換」といった内容に変容してきており、明らかに駐車場に対する考え方に変化が表れています。
このような環境変化の中、駐車場はこれまでの「量」を求める流れから、「質」の面で変わっていくことが求められています。より具体的には、単にクルマを止めるだけの施設から、変化の激しい社会的ニーズに合わせた付加価値を持つ新時代の施設に転換し、駐車場を「駐車」を超えた社会インフラを提供するビジネスモデルに発展させる必要があります。
当社は、駐車場を社会インフラ施設としてその機能を考える為、自社のビジネスを単なる駐車場供給から「スマートシティへの貢献」へと拡大定義し、新たな枠組みに基づく取り組みを開始し、手始めに静岡県沼津市にある自社工場内に実際に実験場としての自走式立体駐車場施設を建設し、各種実証実験を開始しています。この活動を中心に、当社の取り組みについてご紹介させていただきます。
下の図では、駐車場に社会インフラとしての付加価値を持たせていくために、5つの柱に分けた当社の取り組みを表しています。それぞれの取り組みについて沼津での具体的な取り組みなども含めてご説明させていただきます。
1.Smart Community(エリアマネジメント)
これからのまちづくりの中で駐車場が新たな社会インフラ構造物となっていくために、「防災/減災」と「環境・エネルギー」の2つの視点でアプローチをしています。
自走式駐車場は、その構造から「防災/減災」に適した施設であると考えています。外壁が無く、開放された構造は、津波などの災害に強く、また同時に多くの人が避難しやすいスロープや十分な広さの避難スペースを備えているため、地域における一次避難場所の防災拠点としてその役割を十分に発揮することが出来ます。このような構造上の特性が評価され、当社は沼津市と、2018年11月に「災害時における支援協力に関する協定」を締結いたしました。2018年7月に竣工した自社工場内の自走式駐車施設は、災害時の支援物資の発着・保管二次拠点として、また河川氾濫時の一時待避所として近隣の方に提供されます。
今後は近隣住民の方と共同で避難訓練や、本施設を認知してもらうための地域イベントなども企画していき、徹底的に住民目線での研究・改良を続けていきたいと考えています。
次に「環境・エネルギー」についてですが、これは駐車場に地域分散型のエネルギー拠点としての機能を持たせるコンセプトです。電気自動車へのシフトが加速し、その台数が増加すると駐車場は多くの電力を貯蔵できる施設となる可能性があります。太陽光や風力等の再生可能エネルギーで発電した電気を電気自動車に供給して充電させるだけではなく、車に蓄電された電気を非常時やピークカット時に駐車場や近隣の施設などに供給することで、駐車場が地域貢献施設としての機能を持つことが出来るのです。
沼津工場の自走式駐車場では、電気自動車と駐車場を繋ぐV2P(Vehicle to Parking)を導入し、停電時に駐車場の照明を点灯させたり、携帯電話の充電が可能となっており、IHIグループの技術を順次導入していきたいと考えております。
2.Smart Mobility(新しい移動体)
モビリティは、技術革新により100年に1度の大変革期を迎えていると言われています。かつてわずか10年足らずで馬車から自動車に景色を一変させたニューヨーク5番街と同じように、現在当たり前のように使われている自動車が、数年後には全く新しい移動体に変わる可能性があります。
そのような未来が現実味を帯びてくると、自動車を最大の補完財とする駐車場がその姿を変えていくことは必然です。次世代のモビリティとして台頭する可能性がある「自動運転車」「空飛ぶクルマ」「LSM(超小型電動車)」「コミュニティシェアサイクル」等の動向を注視し、常に最新の情報を得ることが大切になってきます。
当社では、自動運転に対応する自走式駐車場に関する知見を得るため、慶應義塾大学の大前学教授と共同で、実際に自動運転車を工場内で走らせ、自走式駐車場内を自動運転での走行実験を行っています。
また、少し先の話にはなりそうですが、空飛ぶクルマの動向についても注目しています。経済産業省と国土交通省が合同で、官民が一堂に会する「空の移動革命に向けた官民協議会」の会合を開催し、ロードマップをまとめており、まだまだ解決しなければならない課題も多くありますが、全く夢のような話では無くなってきていると感じています。もし、空飛ぶクルマが実現すれば、その格納や充電・検査設備として駐車場に求められる役割は変わってくるでしょう。またその場合、当社のもつ機械式駐車場の技術やノウハウをフルに活用することが出来るのではないかと思っています。
3.Smart Living(ドローンポートの研究)
先にも触れたように、既存の駐車場の空きスペースは増加する傾向にありますが、ユーザーにとって特に不人気な自走式駐車場の屋上スペースはオーナーに収益をもたらさないばかりでなく、付加価値を生まないため社会的な損失につながりかねない空間とも言えます。そこで当社は、駐車場の屋上スペースを、近年登場した新しい移動体のひとつであるドローンの離発着場として活用すべく、研究を始めています。具体的には、先に述べた自動運転車と連携させた荷捌き用施設・物流拠点としての活用や、一時待避所、災害時の支援物資の発着・保管拠点としての駐車場機能と連携し、まずは緊急災害時のドローンによる物資輸送時の離着陸施設として活用の可能性を検討しています。
近年、日本各地で毎年のように大きな自然災害が発生し、建物の倒壊、土砂崩れ、橋の崩壊による道路閉塞などによってライフラインが分断されてしまい、避難所が孤立するというニュースを目にすることが増えてきました。日本大学理工学部交通システム工学科の小早川悟教授の論文によると、東京都内の木造住宅密集地域で大規模地震が発生した場合、建物の倒壊などで、アクセスできなくなってしまう避難所が1割弱ほどあるとのシミュレーション結果が出ています。つまり都心部であっても地方であっても、災害時の避難所への確実な物資輸送は大変重要な課題であり、その解決手段としてドローンを活用した方法も一つの選択肢ではないかと思います。
当社では、物流用ドローンの離着陸場所となるドローンポートに着目し、ドローンが運んできた荷物を格納し、安全に保管・取り出しが出来るプロトタイプを製作して実験を重ねてきました。今後ドローン自体の着陸精度も技術革新により向上していく事が予想される中、より小型で利便性の高いドローンポートを設計・製造し、各自治体などと災害時を中心とした物資輸送の実証実験を行っていきたいと考えています。
4.Smart Security(ⅠoTの活用)
当社では、駐車場に新たな役割を与えるための研究だけでなく、既存駐車場の「クルマを停める」機能の向上に関する研究も行っています。当社が開発したICTプラットフォーム(「BaaS(バース):Box as a Service」)を活用し、軒先株式会社様と共同で、駐車場のカーゲートにBaaSを使ってIoT化した「aQmo(アクモ)」という駐車場予約サービスをスタートさせました。これは駐車場の予約サービスを提供する軒先パーキングのサービスの一つで、スマホでの駐車場予約、ゲートの開閉までできるようになるサービスです。一般の月極め、時間貸し駐車場では、そもそも無人のため、予約台数を確保することができないという問題がありましたが、「aQmo(アクモ)」を使えば簡単に駐車場の予約が可能になり、即効性のある空スペースの有効活用に繋がるものと考えています。
次に検討しているのが、移動制約者向け駐車場管理のIoT化です。病院や商業施設などの駐車場では、健常者が移動制約者向けの車室に駐車をするケースが見受けられます。予め移動制約者に限定して専用駐車スロットを予約できるアプリを開発し、予約した人だけがロックを解除できる侵入防止板を車室に設置することで、本来必要とされる方に安心して駐車場をご利用いただき、運営側の負担も軽減していく事を目的としたサービスです。
また、駐車場とは直接関係ありませんが、BaaSを使ったIoT鍵ツールとして、スマホを活用しドアを開閉させる不動産内覧ツール「スマサポキーボックス(SKB)」や、オートロックに対応した「スマサポキーエントランス(SKE)」を既に多数の不動産管理会社様へ販売開始しています。
このように、既存のICTプラットフォームを活用した新たなサービスを生み出しており、ベンチャー企業の技術なども積極的に取り入れています。社会インフラサービスを提供できるビジネスへ発展させていく事を目指して、これからも様々なアイデアを求めて新しい技術に目を向けていきます。
5.Smart Learning(技術のブレイクスルー)
AIや5Gといった技術革新によってこれまで実現不可能と思われていた社会の実現が可能になり、それにより産業構造や就業構造が劇的に変わる可能性があると言われています。例えば「自動運転」+「5G」+「画像解析」で駐車場の空車室の考え方が劇的に変わると考えられます。無人の自動運転車が駐車するので、人が乗り降りする為のスペースは不要となり、車同士の間隔を効率よく詰めて駐車することが出来るようになります。また人が目視で駐車することが無くなるので、車室のラインも不要になることも考えられます。
沼津の自走式駐車場では既に画像認識技術を活用して駐車スペースを立体的に把握し、最も効率的な駐車を実現すべく駐車されている車やバイクを空間を埋めていく物体として認識させる実験を始めています。
6.最後に
冒頭に述べたとおり、駐車場は社会の変化、モビリティやまちの変化に合わせて変わっていく必要が有ります。単なる駐車スペースの供給から、いかに駐車施設を社会インフラとして付加価値を持たせていくか、をテーマに当社では今後も研究を続けていくと同時に、既に駐車場をお持ちのオーナー様、これから駐車場の建設を検討されるオーナー様にとって価値のある駐車場の開発提案を進めてまいります。「駐車場を駐者場へ」を合言葉に、町を訪れた人々のファーストコンタクトエリアとして、その要求にしっかり応えられるインフラ施設として成長させていきたいと考えております。
以上