シンガポールに見る、ERP(電子道路課金)技術を 応用したペーパーレス・キャッシュレス駐車場管理
埼玉駐車協会 嶋村健太郎
(PTエンジニアリング株式会社・代表取締役社長)
(共同文責)
一般社団法人全日本駐車協会 技術委員長 小清水琢磨
<序>
私(嶋村)はシステム開発技術者として、IT技術により車両を駐車させる方法をシステム化し渋滞緩和に繋げることを中心に仕事をしております。駐車場改革推進協議会(CAPPI)なる有志の会の一員で昨年シンガポール視察の機会を得、東南アジアで最も進んでいる同国の電子道路課金制度(ERP)と、その技術を広く応用した駐車場管理システムの実態を技術者の視点からつぶさに視て参りました。
ERP(エレクトロニック・ロード・プライシング)とは、日本語に訳すと“電子道路課金制度”とでも呼ぶべきでしょうか。1998年に日本の三菱重工業の手で導入されたシンガポールのERPは同国政府の「陸上交通庁(LTA=Land Transport Authority)」が主管しています。都心部に入る車両数の制限を通じ道路渋滞を緩和することを目的に、周波数は異なりますが基本的に日本のETCシステムと同じDSRC(狭域双方向通信)技術を用いて、全方向から都心部に入る車両全てに通行料を自動的に課金するシステムです。同国ではこのシステムを道路通行料課金に留まらず時間貸駐車場の課金〈エレクトロニック・パーキング・システム=EPS〉に応用する道が開かれており、国全体で2015年現在少なくとも2,000場を超え3,000場近い膨大な数の駐車場にこのシステムが導入されているとのことです。勿論ペーパーレスで且つキャッシュレスですから、この技術の導入により、入出庫時間の短縮による渋滞回避、廃棄物(紙)削減、盗難犯罪機会の消滅、更には利用者の利便性向上等々の利点をもたらす、駐車場管理手法の大きな変革であると実感しました。
<シンガポールERPの概要>
まず、ベースとなるERPシステムの概要を解説致します。課金により不必要に都心部に入る車両を減らそうというERPは、日本のETCと同じ技術が基本ですが、以下のような独特の機能・方式が特長です。
1) 車両通過スピードが落ちる料金所(バー)を設置すると渋滞が発生してしまうため、同国ではIU(In-Vehicle Unit)即ち車載器を全車両に取り付けることを法制化し、都心部に入る主要道路に設置された90ヶ所以上のガントリーと呼ぶ2重の門型の頭上アンテナの下を通過すると料金が自動で課金されるシステムを採用しているので、ETCゲートの類はありません。通行料については都心部の渋滞状況により数か月ごとに見直されるとのことで、渋滞が少なければ安くなり、渋滞が多くなれば値上げされる仕組です。
2) 車載器(IU)にはバイク・乗用車・タクシー・大型車・超大型車・政府公用車など課金免除車用の6種類あり、それぞれ異なる通行料に対応しています。低料金車両のIUを本来高料金の車両に載せ替えるなどの不正防止のため、6種類のIUはそれぞれ特定の色分けがされています。
3) 車載器は電子マネーのような非接触ICカードを挿入し通行料を瞬時に引き落とすことと、専用クレジットカード(接触方式)を挿入する使い方の双方に対応しています。非接触ICカードは残高さえあればいつでも使える電子マネーの一種です。これが、在来車載器にはETCカードしか挿入できず、またETCカード取得時に登録した金融機関口座から料金を引落とす日本のETCシステムとの大きな相違点で、課金ルートのセキュリティーさえ確保できれば、同じ技術を用いて通行料課金以外の民間利用、例えば駐車場料金徴収などに応用することが容易になります。課金は車載器ではなく飽くまでICカード単位でおこなわれますから、一つのカードを都度取り外して複数の車両に使うとか、他人の車の車載器に入れて自在に使える点は日本のETCと同じです。
4) 2重のガントリーアンテナにより通信を行うメカニズムは、先ず一段目のガントリーでICカードから課金額を差し引く要求を行い、約10メートル先にある二段目で課金要求を本当に差し引けたか確認します。車載器を搭載していない車両、あるいはカードが挿入されてないか、残高が足りない等の不正通行車が通った場合は二段目のアンテナで不正車と認識して一段目ガントリーに報せ、瞬時に一段目に設置されたカメラで走り去ろうとする不正車両の後部ライセンスプレートの写真を撮ってトレース、ペナルティーを請求するシステムが構築されています。マレーシア(ジョホールバル)からの通勤車両は国境で交通税を徴収されているため、車載器なしでライセンスプレートを撮影されてもお咎めなしという運用をしています。
<駐車場への応用(Electronic Parking System=EPS)>
シンガポールでは、このシステムをERPのみに留まらず、駐車場の料金システムにも利用できるようにしています。昨2015年現在、全国で2,000場を超える数の駐車場に導入されているとのことですが、大型ショッピングモール等の駐車場入口では、ERPと同種の無線通信システムが設置されており、徐行して近づくだけで入庫ゲートが開き駐車場の中に入れます。
実際に現場を見ると、かなりのスピードで車両が駐車場の中に吸い込まれていくので非常に効率が良く、駐車場の前に入庫待ちの車両が並ぶことがありません。
また出庫のときも同じで、滞留時間に応じた時間料金がERP同様にキャッシュレス課金されバーが開いて出庫できるため、時間がかからず窓の開閉も不要で極めて便利です。無線通信システムの故障時のバックアップ目的、またマレーシアからの通勤車両など車載器を持たぬ車両のため、一応駐車券発行機とICカードで支払える簡便な精算機は設置してありますが、駐車場側の大きな投資は入出庫ゲートのDSRCアンテナと、課金指示を司るチャージング・ユニット(課金指示コンピュータ)および中央管理センターが主なものです。
技術的には他の国でもやれそうなことで、現に日本でも5年以上前にETC車載器のID番号をDSRCアンテナが読むシステムを駐車場へ転用する試みが企業化されたことがありました。
しかし幾つかの理由で日本では普及しなかったのに、シンガポールでここまで大々的に普及した二つの大きな要因として、
① 先ず同国内で登録された全車両に車載器搭載が義務付けられていることが挙げられます。
つまりマレーシアからの外来車両を除き、入庫バーに近づく車両は例外なく有効な車載器を付けているからこそEPSが可能なわけです。
② 次に、各駐車場でアンテナと連動し課金制御を司るチャージング・ユニットが、技術的にはLTAの道路課金のそれと同じ機能ですが国庫収入(通行料)専用ではなく、各駐車場口座への入金という純民間の活用が許されている点も重要なポイントです。
EPSの標準的作動をまとめますと、
・ 車両が入庫ゲートに差し掛かると、アンテナが車載器のID番号を認識する
・ 何時間か駐車したあと、出庫ゲート前に来ると出庫アンテナが再び車載器番号を読み、課金対象である滞留時間を計算
・ チャージング・ユニットが料金額を計算し出口アンテナに、“この額を車両ICカードから引き落とせ”と指示、アンテナと車載器の間のDSRC通信で料金引き落としが確認されたら出庫バーが開く
・ 道路課金(ERP)では課金は全てカードセンター会社経由でLTA即ち国庫に入金されるが、駐車場におけるチャージング・ユニットは課金したものを各駐車場事業者の口座に入れる
・ 車載器ID番号の事前登録管理で、定期契約車両の自由な入出庫、あるいは特定車両のみ特定(制限)エリアに入場させるなど応用が可能
1)“ペーパーレス”まず、駐車券という紙の発行が殆ど不要になります。日本の駐車場の駐車券は、磁気カードになっているため、通常の燃えるゴミとして廃棄できない。
この手間がかかる廃棄物がなくなるだけなく、さらに1枚あたり数円程度の消耗品コストの出費もなくなるので、回転率が高い駐車場ほどコスト削減に繋がります。
2) “キャッシュレス” 原則として現金精算がなければ、精算機から現金を盗む犯罪も起きないので、防犯対策も現状ほど厳しくする必要がありません。キャッシュレスにすると課金単位を細かく設定できます。
例えば1分あたり12円といった料金体系です。出庫するときに現金で8分間分の料金を支払うと96円となり、現金精算では多くの時間が必要になってしまいますが、キャッシュレスであれば、数円単位の半端な課金にも対応可能になります。
荷捌き車両など、荷物の積み下ろしの時間だけの駐車利用も可能になります。
日本においても鉄道の料金など、交通系ICカードの利用で半端な金額の課金が実際に行われていることを考えると非常に有効と考えられます。
3) 駐車券発行や精算機作動が原則ないということになると、一応機器は設置してあってもモーターなどの駆動や精算機を開閉する機会が殆どないので、金属部品の摩耗や故障が起らず保守・修繕費用の大幅削減に繋がります。
4) デメリットがあるとすれば、入出庫各レーンにアンテナ設置が必要となるので、チャージング・ユニットなど付属機器を含めて、初期費用が高額になる可能性があるとか、精算機メーカーからすれば精算機等に高度な性能を求められないので、機能面で差別化しにくい、また機器更新需要も極めて不活発になるということぐらいだと思います。
アンテナなど初期投資に関しては、どんどんEPSが普及すれば需要増加で大量生産に繋がりコストダウンの可能性も大きい筈です。
アンテナと通信装置に要する投資額が同国でどのぐらい費かるのかは不詳ですが、とにかくEPSを活用する駐車場が年々増加し今や2,000を超え3,000場に迫る状況でさらに増え続けていることは、いろいろなコストセービングとのバランスにおいて、駐車場事業者と利用者の双方にメリットのあることが明らかなためと思います。
今より便利になり、今より儲かるという図式が実現できているのではないでしょうか。
<シンガポールの次世代ERP>
上述した同国で現在稼働中のERPシステムも稼働後20年近く経過し、ITS(IntelligentTransportation System)の更なる高度化を体現した次世代システムへの進化が必要となりました。いろいろな交渉があったのでしょうが、結果として初代ERPを納入した三菱重工業の子会社「三菱重工メカトロシステムズ社」は同国内のパートナーと組み、次世代型ERPを陸上交通庁(LTA)から受注したと本年3月に正式発表しております。
次世代システムへの切り替えは2019~2020年の間に実施される計画で、GNSS(Global Navigation SatelliteSystem=世界規模の衛星測位技術)と、CN(Cellular Network=広域携帯電話通信網)を基本とする新しいシステムで、巨額の費用がかかりますが、ガントリーアンテナなど従来のハード類とソフトウェア環境は殆ど撤去され、全く新しいインフラに置換されることになるとのことです。
車両には衛星測位技術対応の機能とスマホ通信機能を備えた次世代型車載器が搭載され、自分の位置や通行経路をLTAの中央管理センターに自動報知することで、センターでは都心部乗入れで通行料が発生すれば課金してICカードから引き落とす高度なシステムとなる由です。
更に個々の車両からの通信でセンターは主要道路の渋滞の有無や程度を克明に判別し、ドライバーに迂回ルートを指示したりもできます。
定期運行バスの現在位置と到着予想時刻をバスストップで待つ人々に刻々と知らせること、故障車両の通報、危険物運搬車両の監視、立ち入り制限地域内での不審車両発見等々、外部から車両への情報配信機能の拡大を含めて機能が大きく広がるものと期待され、シンガポールはまたまた東南アジアにおけるITS最先進国の地位を謳歌することになるでしょう。
<日本でのEPS実現の可能性>
ペーパーレス・キャッシュレス駐車場のメリットは間違いなくあるので、我が国でもEPSの実現が社会の要請となる日が近いと思います。
諸般の事情で簡単なことではないでしょうが、先ず大前提として全車両にETC車載器の取り付け義務を課す必要があり、そしてETCシステムを駐車場など民間利用できるような規制緩和が必要となりましょう。
しかし、シンガポールでEPSがこれだけ一般化し普及した要因として①・②と二つ挙げたポイントが、取りも直さず我国でも同様なペーパーレス・キャッシュレスのEPS駐車場システムが可能となるかのキーポイントであることは確かです。逆説的に言えば、車載器搭載が義務化され通行車両の100%が車載器を持つこと、現在はETC料金徴収に専ら使われている課金管理システム(チャージング・ユニット)が民間利用に開放されること、次世代型ETC車載器(ETC2.0)にETCカードだけでなく通常のクレジットカードや電子マネーICカードを挿入して課金引落としに使えること・・・等々が実現しない限り、不特定多数の需要に供する駐車場管理、特に時間駐車料金の課金に今のETC技術を活用することは難しかろうと言わざるを得ません。
先ずはこれ等の要件がクリアされる日の来ることを待ち望むことにし、その上で、アンテナ設置コストを中心とする駐車場側の初期投資額が、ペーパーレスによる消耗品費やごみ処理コストの節減、キャッシュレスによる保守点検費や修理費の節減等のメリットにより、短期間で回収できるレベルまで低下することも絶対必要な条件です。
キャッシュレス・ペーパーレスすることで、アンテナ設置等でかなりの初期投資があっても駐車場事業者が中長期的に利益を得られる図式が必要です。これさえ上手くいけば、ゴミが減り、機械が長持ちし、渋滞が緩和する、そして駐車場事業者がより潤う・・・と、良いこと尽くしとなるので、市井の民間駐車場にEPSが大々的に普及することが夢ではなくなるでしょう。
<おわりに>
ERP及びEPSから少し離れますが、今回の視察で感じたことを幾つかご紹介したいと思います。
〇 上でご説明してきた電子化、無人化の潮流とは真逆の概念かも知れませんが、シンガポールにおいては、人手を使うバレーパーキングも普及しています。
シンガポールでは渋滞回避、環境保護のため自動車購入を減らす方法として、輸入税、商品サービス税、追加登録料など高額な費用を車両の購入に課していますから、車体本体の価額の3倍~5倍の値段になるので、個人なら相当のお金持ちでなければ自動車は持てません。そのようなお金持ちだけが高い料金を払ってバレーパーキングを利用しているのかと思い実際に視察してみると、それほど高額ではなく庶民でも十分に利用できる料金でした。
普通の駐車料金より僅か高い程度なら、駐車場がだだっ広く駐車位置まで非常に遠い場合など誰でもバレーパーキングを使いたくなるということかも知れません。ともあれ、無人化・省力化の極致であるキャッシュレスシステムを導入している一方で、あえて人の手で駐車して貰うバレーパーキングを好む人も多いというのは興味ある事象ゆえご紹介しました。
観劇開始時間が迫って焦る人の多いニューヨークのブロードウェイなどもバレーパーク全盛の趣がありますが、中高年ドライバーが増えている日本でも、そこそこの料金ならバレーパーク利用希望者は多いのではないでしょうか。
〇 次に極めて技術的なことですが、日本におけるETCアンテナの設置位置とシンガポールの駐車場の設置位置が違うことに気が付きました。
日本は、2.5m以上離して設置する場合が多いのですが、シンガポールは、車両のフロントガラスと同じ程度の低い位置にERPのアンテナを設置している場合が多いようです。
理由を技術者なりに考えると、アンテナから一番近いところの車両から最初の応答が返されるような通信であることから、ゲート前の車載器に近づけることで、一台後ろの車両や隣のレーンにいる車両と通信してしまうトラブルを避けるためという結論になりました。
閉鎖空間での乱反射などがあっても決して隣の車両などと誤通信しないよう、この設置方法を採用したと思います。
〇 少し未来のことについても考えてみたいと思います。将来、自動運転車両が多くなる時代が到来したとします。自動バレーパークでドライバーが下車して完全無人運転となった場合など、当たり前ですがキャッシュレス精算とすることは必須条件でしょう。
このような時代に備えて、日本においても前項で述べたようにETC車載器の取り付け義務の法制化が強く望まれるところです。
近年ではクレジットカード、ETCカード、PASMO・スイカ等の電子マネーの普及で現金を扱うことが非常に少なくなりました。 銀行のサーバやICカード上に記憶された数字をお金と認めれば現金と同じということで、いわばお金を概念でとらえていることになります。
バレーパーキングのように逆の波も時には打ち寄せるでしょうが、時代の趨勢は間違いなくキャッシュレスが常識となって、将来はありとあらゆる場所で現金不要の世の中となることも予想されます。
静脈認証や顔認証のような生体認証で駐車場に入れることすらあるかも知れません。
技術の進歩は人の想像を超えるものです。