平成30年秋季海外駐車場研修会参加レポート
~コンパクトシティ 住みたい街の光と影~
ポートランド編

(株)東京国際フォーラム
取締役広報部長 廣野 研一 

1.日程

今回の海外研修では、2018/10/18(木)初日のサンフランシスコを経て、ポートランドに10/21(日)お昼に到着、10/23(火)早朝発と、実質1.5日の滞在であった。初日は到着後、昼食をとってから市内を中心に視察を行った。2日目は元ポートランド市開発局(PDC)で現在ZibaDesign国際戦略ディレクターの山崎満広氏にポートランドの歴史や都市計画などの講義を頂いた後、ポートランド市役所訪問、トラム、LRT乗車体験をしながらより広域なエリアを視察した。オレゴン州には日本同様四季があるが夏と冬の気温差は少ない。年間降水量の9割が10~5月に集中すると言われているが、今回の視察では気温は朝晩10度前後に冷え込むものの、日中は晴天で20度前後、かつ、乾燥していたため快適に視察できた。

2.ポートランドの概要

⑴概況
アメリカ合衆国オレゴン州北西部マルトノマ郡にある都市。太平洋岸北西部ではワシントン州シアトル、カナダブリティッシュコロンビア州バンクーバーに次いで3番目の人口※で、市域面積は376.5km2である。

※人口等データ(2016年)
ポートランド市人口構成 64万
内25歳以上 41.1万人
平均年齢 36歳
地元生まれ 40.9%
オレゴン州住民の出身州
オレゴン州 42.9% カリフォルニア州 18% ワシントン州 6.4%
オレゴン州は2017年全米で一番人口が増えた州

⑵主な特徴
豊かな自然に恵まれており、環境にやさしいコンパクトシティ、発達した公共交通などから全米でもっとも住みやすい街として評価が高い。具体的には、

  • 消費税が無税(隣のワシントン州は8.7%)
  • 公共交通機関が発達(LRT、バスなど)
  • アメリカでもっとも環境にやさしい街
  • アメリカでもっとも住みやすい街
  • アメリカでもっともスポーツ用品製造が盛んな街
  • アメリカ最大の半導体工業地域 生産量成長第一位
  • アメリカでもっともビール工房がある街
  • 住民自治の歴史が古く最も進んでいる街

などの特徴がある。

⑶ポートランド市内図

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3.視察内容

⑴1日目
10/21ポートランド到着後、専用バスでウィラメット川東側のLloyd Centerでランチ。ショッピングモールや付帯する駐車場を見学。ショッピングモールは駐車無料。路上にはパーキングメーターがあり1時間2ドル。初回は最短15分から最長1時間15分で15分単位で入力できる。入金後発行されるレシートをフロントウインドウに貼付する仕組みになっている。その後、専用バスで移動。ポートランドのまちづくりに多大な貢献をし不動産業を営んでいた内藤氏にちなんで全米で唯一日本人の名前のついた “NAITO(内藤)PKWY”を経て、ウィラメット川の西側でサタデーマーケットが開催されているウォーターフロント公園を視察。同イベントは毎年3/31から12/24まで開催されているとのことで、アート作品が多数展示販売されていた。その後、ポートランド西側市内をバスで視察。西側は旧市街地であることから東に比べて家賃が高いとのこと。アムトラックが乗り入れるユニオンステーションを経て、パール地区(PEARL DISTRICT)の新しい街並みと駐車場を視察した。歴史的にスペイン人が多かったため、ユニオンステーションはレンガ造で床は大理石。同駅からは30ドル、3時間半でシアトルに行ける。ユニオンステーションには隣接してステーションプレイスガレージがあり、料金は1日9ドル、1時間2ドル、400台収容の規模である。主たる利用者はアムトラックで市外に向かう人達であるが、朝7時から23時までの有人管理のため、無人管理の時間に入ると利用者はスタッフにより事前にワイパーへ挟まれた料金袋に駐車券と駐車料を入れて出庫する運用とのこと。不正利用には料金袋の帳簿と監視カメラでチェックすることで対処している。

ステーションプレイガレージ係員

ステーションプレイガレージ係員

ステーションプレイガレージのエントランス

ステーションプレイガレージのエントランス

同駐車場が立地するパール地区は元操車場で、現在は再開発され最もホットな場所ということだった。環境共生エリアに相応しく、自然環境に配慮しLEED認証を得た新しいビルは、建物内の電気は太陽光発電、トイレの排水は雨水利用などがされている。そもそも、ポートランド市全域の電力は州内のダムの水力発電等の再生可能エネルギーで賄われているとのことで、積極的な環境共生への取組姿勢を感じた。また、パール地区内には3つのポケットパークが計画的に配置されており、紅葉した並木やデザインされたビオトープ型のポケットパークターナーズ・スプリングパーク周辺を散策した。同公園の外周には市内を循環するLRTストリートカーが走っており、ポートランド中心部へのアクセスを容易にしている。

パール地区のポケットパーク

パール地区のポケットパーク

ストリートカー

ストリートカー

その後、南西地区のポートランド州立大学(PSU)に移動。構内の建築物で公開授業にも使用されている大階段があり、参加者にお声がけして、視察中初めてとなる集合写真を撮影させて頂いた。

PSUでの集合写真

PSUでの集合写真

少々驚いたのは州立大学の学生は、大学前に停車するLRTストリートカーに無料で乗車でき、またストリートカーやバスの運行時間は朝は3時から夜中の2時までと長いとのこと。学生たちはボランティア活動を奨励されており、活動に従事すると成績にプラスされる制度もあるようである。

MAXライトレール

MAXライトレール

その後専用バスでポートランドを一望できるという丘の頂にあるワシントン・パークに移動。そこにはローズシティと言われる由縁となったローズ・ガーデンがある。屋外駐車場には”Parking Kitty”というスマホで決済できる駐車システムが導入されていた。実はこのシステムはポートランド交通局(PDOT)が2017年5月より導入したもので、市内約1万5千箇所の路上パーキングゾーンと、ワシントンパーク、州立大学構内で利用できる。利用者はパーキングスポットに駐車した後、4桁のZONEコードやナンバープレートをスマホのアプリで入力して15分単位で駐車時間を設定すると、アプリと連携しているクレジットカードで駐車料金を決済できる。駐車後、終了時間の15分前になると、猫の鳴き声でアラームが鳴り、このアプリで延長・決済することができるというもの。従来はわざわざ車のところまで戻り、追加料金を払わなければならなかった煩雑さが解消されたという。駐車料金は1時間2ドルだがシステム使用料として1回10セントを支払う。まさに次世代型駐車管理システムだ。

Parking kitty

Parking kitty

ワシントンパークの券売機

ワシントンパークの券売機

その後、南西市街地の中心にあるパイオニア広場(Pioneer Courthouse Square)に。ここは所有者が敷地を市へ寄付した元民間駐車場で、市民が集まれる広場が整備されたもの。その際の事業費は市民の普請で、寄付者の名前が広場を覆う7万個レンガに記載されている。現在は憩いの場であるとともに、野外コンサートなどのイベントなどでも活用されている。

パイオニア広場

パイオニア広場

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パイオニア広場のサウスウエスト5番街側の斜向かいには、NIKEショップがあり、世界一早く新商品が並ぶ。NIKEショップの前の歩道には2017年に導入されたNIKE BIKETOWNの色鮮やかなオレンジ色のシェアサイクルが並んでいた。これはNIKE本社キャンパスの中で使用されていたもので、NIKEは導入時の自転車などを寄付し、運営は別のスタートアップ企業で行っているとのこと。BIKETOWN STATIONは市内に約100カ所、1,000台設置されている。GPSを内蔵したスマート自転車(Social Bycicles)を使用。専用アプリで会員登録するとすぐに利用出来、30分までの1回利用は2.5ドル、1日利用は12ドル、年間パスは日額12ドルとなっており、超過分は1分毎に10セント課金される。なお、1回利用2.5ドルというのは、バスやLRTの2時間半チケットと同額である。

NIKEショップとBIKETOWN STASION

NIKEショップとBIKETOWN STASION

LIME bike

LIME bike

そして、このシェアサイクルを席巻する勢いなのがポートランドにも今夏出現したシェアリング「電動スクーター」である。キックスクーターとも言われており、キックボードにバッテリーがついたものだ。この電動スクーターは、その場でQRコードを読み込み、アプリを通して登録・クレジット決済すれば即利用出来、目的地に乗り捨てることができる手軽さもあり急速に普及している。スタイリッシュなスクーターで自転車専用レーンを疾走する若者の姿は未来的でもある。主にライム色のLIME bike、黒いBIRD、青のSKIPなど複数の企業が事業を行っている。利用料はLIME bikeの場合、ロック解除に1ドル、1分毎に15セントとなっている。LIME bikeはUBERをはじめとする投資家達から約380億円の資金を調達し、BIRDは創業一年にして約460億円の資金調達をすることで2社とも異例の速さでユニコーン企業となった。彼らの戦略は一都市にとどまらず西海岸を中心に全米に勢力を拡大している。一方であまりの進展の速さに行政施策が追いついていないのが実情である。ヘルメットの着用義務、速度規制、運転免許の有無、年齢制限、スクーターの放置マナー、充電パートナー拡大などのルール整備が求められている。事実サンフランシスコでは本年6月に急速に増加したものの、一旦すべて撤去され、運営業者が市の許可制になった。しかし個人的には、課題解決の方法がまとまってきた段階で、一部市街地において導入を検討することは、観光立国を目指す我が国としてもよいと考える。

 

⑵2日目
2日目は、早朝からパール地区にあるZiba Design社のオフィスにて元ポートランド市開発局(PDC)産業開発マネージャーで現在は同社の国際戦略ディレクターである山崎満広氏にポートランドの都市計画やまちづくりなどについて講義を頂いた。さらに、新しいスマートパーキングシステムCITIFYDを開発したベンチャー企業のCEOからプレゼンテーションを頂き意見交換した。(詳細は後述)
その後、ロープウェイ(Portland Aerial Tram)に乗車して、オレゴン州健康科学大学(Oregon Health & Science University:OHSU)の立地する頂上から、市街地南西部を眺望した。以前はこの街が重工業地帯だったという面影はほとんどなく、むしろ長年の緑化推進により森林都市というのが相応しい景観となっていた。その後専用バスで移動し、1915年設立の廃校をブルワリー&ホテルとしてコンバージョンしたケネディースクールで昼食を摂った。築100年を迎えるこの文化財はトリップアドバイザーでも、全米のおもしろホテルランキング1位になったということである。

OHSUからの眺望

OHSUからの眺望

ケネディースクールでの筆者

ケネディースクールでの筆者

午後は再び市街地南西部に戻り、ポートランド市役所の担当者より、市が所有する駐車場について説明を受けた。市の機関であるポートランド運輸局(PDOT)はダウンタウンに6か所の駐車場を所有し、収容台数4,000台、面積では71,000㎡の規模である。それらはスマートパーク(Smart Park)とネーミングされている。スマートパークの運営管理などについては、①運営管理者はPDOT、②料金設定は市会承認が必要、③時間貸しはPDOT直営、④月極めは民間へ委託されている。路上と立体駐車場を一体管理しているが、立体駐車場は最初の3時間は1.8ドル/時間で路上より割安としており、終日駐車すると15から16ドル。月極は200ドルである。決済方法は、大多数がクレジットカードで82%を占める。他にデビットカード、現金と続く。6カ所の駐車場のうち市の中心部にあるコアといわれる3カ所は、郊外から市街地に来るMAXライトレイル駅に近接しており、パーク・アンド・ライドの拠点となっている。6つの駐車場の入り口には、空き台数がリアルタイムで表示される。利用のピークは11:00から14:00で、1日7.7回転している。ダウンタウン小売協会と連携して200以上の登録店舗で買い物をするとスマートパークで利用できる証明書を発行するなど、相互の売り上げ向上を図っている。古い立体駐車場ビルが多いので、現在、バリアフリーのための改修工事を行っており、16機のエレベーターを改修中である。また1年から1年半後にはゲートレスシステムを導入する予定である。

スマートパーク

スマートパーク

ここでポートランドにおける自転車利用について触れておきたい。同市では全長483キロを超える自転車専用レーンや自転車優先道路が整備されており、そのためか全米一自転車通勤者が多い街といわれている。(約7%)多くの企業では自転車用の駐輪スペースを確保し、就業中に自転車を保管できる自転車専用ルームを完備している職場も見られる。行政側も自転車専用レーンを増設したり、信号のある交差点に自転車利用者「専用」信号待ちエリアを設置するなど、市を挙げてドライバーとサイクリストが道を共有するための取り組みを行って来ている。ポートランドが自転車天国となった要因には、地形が平坦であることに加え、自転車専用道を完備した緑豊かな公園が多いことも挙げられる。市街地はウィラメット川の両岸に広がっているが、多くの橋が架かけられており、その橋のほとんどが自転車で渡れるため、移動の便は良好だ。駐輪場対策を市担当者に聞いたところ、公共の自転車保管場所であるゲージロッカーを最近50台分増設整備したとのことである。

NIKE BIKETOWNとSKIP

NIKE BIKETOWNとSKIP

また、ダウンタウンのヘリポートも運営されており、商業中心地に3つある。平均一日8便運行しており、保安点検、広報なども市が直営している。レジャーやビジネス半々で使用されているそうだ。一方で、日本のような駐車場を容積率対象面積から除外する制度はなく、駐車場の転用についても特に規制はないとのことであった。また多くの建物では地下に荷捌き場所がないため、主には少し離れたウィラメット川東の拠点で大型トラックから小型トラックに移し変えて配送しているとのことであった。市の担当者からの説明を受けたあと、中心市街地から西に車で20分ほど行ったビーバートンの町に移動した。この街にはNIKE社のワールドキャンパスと名付けられた本社が立地しており、世界中から集められたデザイナーやエンジニア約1万人が働いている。ここは創業の地で、30haある敷地外周から建設中の新社屋のために林立するクレーンが見える。およそ10億ドルの巨大プロジェクトだ。

NIKEワールドキャンパス本社

NIKEワールドキャンパス本社

そしてビーバートンでバスを降り、ヒルスボロー駅よりTRIMET MAXライトレールに体験乗車した。MAXライトレールは84駅、全長84kmの路線が空港とダウンタウン、近郊地域をつないでいる。同駅は無人駅であり、券売機(ticket machine)とバリデーター(チケットを有効にするための印字機械)が駅に設置されている。車両内に券売機、料金支払機はない。そこで乗車前に券売機で乗車券を購入するか、スマートフォンのアプリにより購入する必要がある。乗車料金は、MAX、バス、ストリートカー共通で、いずれも2時間30分、2.5ドルで乗り降り自由となっている。(1日乗車券5ドルもある)
乗車してみると車内にも車掌がいないが、オレゴニアンと呼ばれるオレゴン市民は必ずチケットを購入するらしい。たまに警察がチェックしていて、無賃乗車の場合は約35,000円の罰金が科せられる。車内には自転車の乗り入れ自由で、自転車を吊るすバーがあったり、車椅子のためのスペースが設けられており、バリアフリーな環境が用意されていた。同様の趣旨から市内を走るバスには自転車を乗せるキャリアラックがフロントやリア部分に設置されていた。

駅員無人のヒルスボロー駅

駅員無人のヒルスボロー駅

MAXライトレール車内の自動車保管

MAXライトレール車内の自動車保管

4.ポートランドのまちづくり 山崎氏の講演

ここからは、元PDCの山崎満広氏によるポートランドのまちづくりに関する講演内容をベースに詳述したい。

Ziba Desgin国際戦略ディレクター山崎氏の講演

Ziba Desgin国際戦略ディレクター山崎氏の講演

先ずポートランド市のアウトラインについてであるが、前述したように現在最も人口流入の多い、人気の街であると共に様々な企業が立地している。NIKE社創業の地であり本社では約1万人が働いている。同業ではアディダスの米国本社、アンダーアーマー、アウトドアブランドのコロンビアなどが立地している。また、ハイテク関連ではインテル社の世界一の半導体工場があり、世界へ製品が出荷されている。ポートランド市はスタートアップ企業への支援体制も整えており、多くの起業家が育っている。更にNIKE社では退職した社員が起業に失敗しても同社へ復職できる制度を用意しており、これらの措置がセイフティネットとして機能し起業の促進に寄与しているとのことである。また、300種類以上のクラフトビールが70以上のブルワリーで醸造されていることもこの地域の特徴といえる。さらに、ポートランド市のあるオレゴン州は、消費税が無税であることも大きな魅力で緑豊かな環境共生型のコンパクトシティであることと相まって居住地としての人気が高い。ポートランド市の歴史をさかのぼると、1960年代終盤までは連邦政府の方針により雇用創出、経済発展を目的に高速道路建設、アーバンリニューアル事業(スクラップアンドビルド)が推進され、高層オフィスビル、商業施設、高層マンション等の建て替えが進んだ。その頃は造船業が盛んで、工場から垂れ流される廃液によりウィラメット川は全米一汚い川として連邦政府へ罰金を支払うような状況で、一方大気汚染もひどく1970年代は年間の半分は空気汚染勧告されていた。そのため1960年から1970年代は 居住者が郊外へ転居してしまい車でダウンタウンへ通うライフスタイルが進んだことにより、就業後や休日はダウンタウンは閑散として荒れ放題だった。

1960年代の荒廃したダウンタウン

1960年代の荒廃したダウンタウン

そのような中でポートランド市は自然再生に舵を切った。変化のきっかけは、リーダーシップのある市長の誕生と市会議員の世代交代 (市長を入れて5人)が行われたことである。経緯を見てみよう。1970年にチーフアーキテクトとしてニール・ゴールドシュミット氏が市議会に選出され、1972年にグランドデザインを策定した。そしてその翌年1973年に同氏が市長に就任した経緯がある。それに加えて、これまで全員男性だった市会議員に1973年、女性2名が選出された。新世代の市会議員の特徴として、
①1960年代の社会運動を肯定し社会変革に肯定的
②弁護士、都市計画家、ジャーナリストなど専門職業人出身
③前例踏襲と成り易い市当局の職員出身ではなかった
などの点が挙げられるが、これら新議員の参加により1960年代の失敗を真正面から見据えることができたのである。グランドデザインのコンセプトは「ミクストユースへの転換」であった。
川沿いのハイウェイだった場所をトム・マッコール公園というウォーターフロント公園として整備したり、前日訪問したパイオニア広場などは以前は駐車場であった場所がポートランドのリビングルームといわれるような場所に変わったりするなど、市内に公園、緑などを配置したパブリックスペースの整備がすすめられ、公共交通機関を背骨に住みやすい、過ごしやすい、遊べる街を目指して都市の改造が進められた。

1972年 ダウンタウンのグランドデザイン

1972年 ダウンタウンのグランドデザイン

ウォーターフロント公園の整備

ウォーターフロント公園の整備

さらに1980年代から2010年代にかけては、ウィラメット川西側のダウンタウン地区、北西のパール地区、南西のサウスウォーターフロント地区、川の東側のインダストリアル地区、ロイド地区など各地区の個性が尊重されたガイドラインが策定された。併せてこれらの地区を繋ぐ公共交通が整備され、郊外を含む広域はMAXライトレール、中心部はストリートカーを整備し市バスと併せてコミュニティを繋ぐようにした。

エリアとコミュニティを繋ぐ

エリアとコミュニティを繋ぐ

元貨物操車場であったウィラメット川北西部のパール地区は60m×60mの単位で街区を形成するマスタープランを策定し、小街区にすることで街角を増やし、建物と道路がどのように交わるべきか、その関係性について検証を重ねた。この背景には「賑わいを創出するためには道路に人がいないといけない」という根本思想がある。私事だが、長年、丸の内再開発に携わってきた筆者も、丸の内仲通りを「アメニティ・賑わい軸」として整備し、これにより来街者の回遊が生まれ、街が活性化してきた経験があるので、この根本思想には大いに共感した。パール地区では、条例により地上階には商業店舗やロビーの配置を義務付け、ガイドラインで高く広い窓を設置するよう誘導することで、建物内部から賑わいが溢れその逆も可能となるようにした。その上で、建物と道路の間に複数のゾーンを設定し、それぞれ「建物隣接ゾーン」にはオープンカフェ、その隣は「歩行者ゾーン」、 車道近くは「ファーニッシュゾーン」としてテーブルや椅子、ゴミ箱などや背の高い街路樹を配置するようにした。そして先程触れた公共交通の整備により「道路」を通る、車を削減した。このようにして、街を歩く人、お店にいる人が役者となる、賑わいの環境を創出するようにした。

パール地区の道路のゾーニング

パール地区の道路のゾーニング

歩行者にとっては視野に入る上下9mのデザインが重要であり、建物地上階や縁側を出来るだけオープンにして交流空間を創出して、道路が賑わっているようにするとともに、官民で資金を投入し、官民の境界空間をオープンにすることで、沿道建物のテナントにとってもメリットが生じるよう工夫がなされた。

建物と道路のオープンな交流空間例

建物と道路のオープンな交流空間例

また、便利なポートランド式のセットフロント型デザインを進めコートヤードを作って路地を作ることにより街区内を貫通する人の回遊軸を作った。さらに、都会的ながら緑と水の多い街づくりを進めてきた。これらの街づくりの結果、流入人口が増大し、地産地消かつグローカルな街として、ファーマーズマーケットや地元食材で調理するレストラン、地元アーティストなどが活動する街となっている。

ここで、街づくりの仕組みと行政組織の役割についても触れておきたい。先ず住民主体の街づくりの立場から、近隣自治組合(ネイバーフッド・アソシエーション)と呼ばれる地域課題を解決する組織が活動している。具体的には官民によるコミュニティ・ワークショップを通じた意見形成が行われており、市民から良いアイデアを集め、専門家と行政と市民が協議のうえ合意形成した内容を実行に移している。このプロセスを進めるために、市には各ネイバーフッド・アソシエーションを束ねた地域連合と交渉する担当部局が置かれている。また、街づくりを先導する役割を担っているのは市開発局(PDC)である。PDCは1958年に設立され、これまでポートランドの都市政策を推進し、「自然と共生する持続可能な街づくり」を推進してきた。PDCは5人の理事(企業家、弁護士、などの一般市民)と、7つのエリア(95のネイバーフッド・アソシエーション)、40のビジネス街連合(TMO)による組織である。PDCの事業は、空港アクセスや交通インフラの整備、河岸地域の開発、公園・広場の整備、住宅整備、公共施設の管理・修繕、都市再開発資金の調達、事業者やデベロッパーへの資金貸付など多岐にわたり、市の経済開発と都市再生に設立以降13億ドルの開発投資を実践し雇用を創出してきた。PDCは、自ら遊休地や空室物件を購入し、デベロッパーに開発協力を依頼し、オフィスビルや商業施設のテナント誘致も行ってきた。地域の活性化のためなどに政策的に誘導すべきテナントには家賃を補填するなど、高度な不動産事業の専門性をもってまちづくりを牽引してきている。

都市再生のための財源はどのように作られるのか見てみよう。
①重点的に施策を進める都市再生エリアを選定する。(18地区)
②それぞれの地区から徴収する固定資産税のうち、一般財源へ振り分ける上限額を決める。
③ 新規プロジェクトへのインフラ投資等を先行的に実施するために、開発区域内の開発後の固定資産税等の上限額以上の上昇分を見込んだ債権を発行し、再開発に必要な資金を民間などから調達する。(TIF)
④ インフラが整備された開発区域には、更なる民間投資が行われ、また、連邦政府、州・市からの補助金も投入され資産価値がさらに上昇する。
⑤ 開発地域の管理・運営はタウンマネジメント組織(TMO)が担い、タウンマネジメントや公共空間の維持・管理を共同運営管理費(BID)の徴収によって賄う。
⑥ エリア内再投資の特別措置は期限が過ぎれば終了し、固定資産税はすべて一般財源へ戻される。

先に触れたパール地区は30年の年月をかけて、低所得者や高所得者が住めるような街づくりを実現してきた。ポートランドではコミュニティの要望を土台に街を作ってきた。それらは、「便利さ」「居心地の良さ」「街の記憶を継承する」ことである。これらの街づくりによって、自分の望むライフスタイルが実現する場所として就職する若者が集まり、それらの若者を求めて企業も増加し、商業も活性化するという好循環を生み出すことが出来ている。その結果として市の財政も大幅に改善してきている。

5.スマート駐車システム

山崎氏の講演に続き、都市のモビリティに焦点を当てたウェブ・モバイルサービスを開発・提供しているCITIFYD社のCEO Sohrab Vossughi氏より、次の通りプレゼンを頂いた。今回のシステムを開発した背景として、ポートランドなどアーバンモビリティが直面する「人口密度の上昇」、「インフラ増強にかけられる資金の減少」、「ビジネス用駐車スペースと移動手段の不足」という3点の課題がある。
その解決策として、次の3点を目指した。
① 顧客が事前に、または必要に応じて駐車スペースと交通手段を見つけ支払いが出来るようにする
②利用可能な全ての空間情報を常時提供することで、駐車スペースの選択肢を増やす
③ 即時利用・承認と料金割引によって、利用者のコストを削減し地域商業ビジネスに呼び込む
これらを実現するべくCITIFYDは、顧客、交通機関・駐車場提供者、地域商業ビジネスの三者を統合・一体化した、モビリティのマルチなプラットフォームを提供している。

CITIFYDの「仕組み」は次の通り。

①チケット・パス発券モジュール
オンラインチケット・パスの発券と管理を行う。

操作画面

操作画面

②利用者管理用スマートビーコン
Bluetooth IoT技術でソフトウェアとハードウェアを相互に接続したオンラインでのリアルタイム一括管理が可能なシステム。入り口に設置されたビーコンにより利用時間、料金などを管理。

スマートビーコン

スマートビーコン

③出入場・収容量検知システム スマートヴィジョン
監視カメラの映像とソフトウェアによって、ゲートの出入場を検知し、車両のナンバー・メーカー・モデル・車体色を識別して利用可能な駐車スペースを発見、さらに誘導するための場内位置情報を提供。

出入場・収容量検知システム

出入場・収容量検知システム

④駐車スペース管理プラットフォーム
駐車スペースの提供者・管理者でも、リアルタイムで状況を把握できる一括管理を実現。
⑤路上駐車スペース用システム
Bluetooth IoT技術でソフトウェアとハードウェアを相互に接続した、路上駐車スペース用のシステム。(位置、駐車時間等がわかる)

車に装着され駐車時間を表示する発信装置

車に装着され駐車時間を表示する発信装置

⑥顧客獲得プラットフォーム
新規、そして既存の顧客を、リアルタイムで商業・サービス利用ビジネスに呼び込む。
⑦決済処理モジュール
リアルタイムでのデビット・クレジットカードの決済処理をするシステム。
⑧利用料金と割引の流れ

  • 専用アプリを通じて、10ドルで駐車スペースを予約する
  •  料金割引を提供する近くの商業施設を利用すると、本人負担額は施設側が負担する割引分(例えば5ドル)を除いたものとなる。
  • CITIFYDから駐車場提供者へ利用者と施設側から徴収した料金が支払われる。

ステークホルダーの本ビジネスモデル・利用料金は、次の通り。

  • 駐車場利用者:駐車料金の10%
  • 駐車スペースの提供者:駐車料金の10%または定額
  • 連携商業施設等:ユーザー還元分の25%等
  • このシステム利用者
利用料金と割引の流れ

利用料金と割引の流れ

施設側がCITIFYDのソフトウェアをそのままの状態で使う場合ソフトウェアのサービス費が月々に発生する。さらに、アプリケーションのインターフェイスをクライアントのブランドに合わせてカスタムデザインしてクライアント独自のアプリケーションインターフェイスを制作するケースも増えており、別途の開発手数料が発生する。これらシステム利用者をパートナーと呼んでいる。

パートナー例

パートナー例

同様なサービスは世界各地ではじまりつつあるようであり、プレゼンテーションは大変興味深いものであった。

6.ポートランドの課題

今回の視察を通じて、ポートランドの「光」の部分を強く感じたが、同様に「影」の部分も強く印象に残った。将来的にわが国でも起こりうる危機感として、その「影」の部分を最後に考察したい。ポートランドはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)が優れているといわれているが、どのような人たちが集まってきているのか、同地の就業者の年収などの実態を見てみよう。

主な職業(全体の65%)の構成比率と年収は次の通りである。
(2017年職業別給与税引き前)
a.アッパー・ミドルクラス層
官並びに民間企業の管理職 7% 1263万円
医療従事者        5% 1008万円
経営・金融業専門職    6% 826万円
教育・図書館関係     6% 686万円
b.ワーキング・コア層
企業・公的機関一般職   14% 444万円
運転手・物流関係     6% 443万円
工場労働者        6% 439万円
小売販売関係       6% 326万円
調理・接客サービス    9% 298万円

アッパー・ミドルクラスの従業者は全体の1/4である。後述するが、現在のポートランドでは住宅価格の高騰により、アッパー・ミドルクラスの人しか市内に住むことが出来ない状況である。従業者の変遷を見てみよう。第二次大戦の後から1970年代末までアメリカは経済的繁栄を享受し、主要な中間層である製造業の組合員労働者が収入を増やした。しかしこれらの層は
1979年の1943万人をピークに減少し、代わりに増加したのは低所得のサービス業従事者と高所得の専門サービス業従事者である。マルトノマ郡のデータで見てみると、過去10年間に急速に増加しているのは、飲食、ホテルなど低所得層(平均年収21,000ドル231万円)とハイテク製造業専門職・技術職など高所得層(平均年収133,000ドル、1463万円)である。別のデータで見ると、1980〜2010年 25〜39歳までの大卒以上の学歴者の純転入率※が50大都市圏中上位15位以内にランクし続けたのはポートランドとシアトルのみである。

※純転入率=(転入人数-転出人数)/(転入人数+転出人数)

ポートランドの居住地域分布を見ると、ウイラメット川の西側は、面積が小さい歴史的市街地で、かつ高級住宅街となっている。ダウンタウン地区には大学やホテルが集積している。一方ウイラメット川の東側は、もともと労働者の街であったが、西側の家賃の高騰により、新しい居住者達が流入した結果、集合住宅の家賃も上昇している。(50㎡で198,000円)
シアトルタイムズによると、高騰するポートランド住宅市場について次のデータが紹介されている。(2017年)
平均家賃   185,650円(シアトル 258,500円)
平均分譲価格 4,468万円(6,700万円)
平均世帯年収 税込670万円(884万円)
このように見てみると、平均収入の家庭では家賃を支払えないのが現状である。家賃が払えない人は郊外に転居するか他の州などに転出、あるいはホームレスにならざるを得ないと
いう「影」が現実に発生している。事実、今回、多くのホームレスをポートランドで見かけたが、サンフランシスコのダウンタウンも同様であった。
ホームレスに関する現状データを見てみよう。
2017年のポートランド市とマルトノマ郡の調査によると次のような実態がわかる。
総数 4,177人(前回調査2015年より10%増)
内訳 白人 70%、アフリカ系・アメリカ人16.2%、アメリカ・アラスカ原住民 10.2%
男性 59.7%(男女比 6:4)
18歳以下 10.3% 55歳以上 17.4%
身障者 71.6%
長期ホームレス 52.1%(一年以上)
施設宿泊者 60% 野宿 40%
(冬季は施設利用が増える)

この「影」の課題について、今後どのように解消していこうとしているのか、前述の山崎満広氏に質問したところ、「ホームレス対策は遅れている」とのことだった。2007年のリーマンショック以降財政投資ができなかったため、福祉関係は7年間放置された状況になっていたが、現在ではホームレス問題に対応するような部署ができたとのこと。さらにいえば、この問題は日本とアメリカの根本的な社会制度システムの違いにも起因しているという。それは、国民健康保険制度がなく、医療費も高額であること。トランプ政権に代わったことにより、オバマケアも廃止され、ますます弱者には厳しい環境になってきた。低所得者は病気になっても治療費が払えない。そのため痛みをドラッグで緩和する。ホームレスの期間が長いとドラッグを始めるという「負のスパイラル」が生じており、有効な対策がとられていないらしい。事実、ポートランド滞在中には、路上で大声を張り上げる攻撃的な30~50代と思われる男女のジャンキー・ホームレスも多く見かけた。

増大するホームレス

増大するホームレス

翻って、日本ではホームレスはポートランドほど多くなく、ドラッグ中毒者も少ない。しかし、今後はわが国も急速な少子高齢化が進展する中で、外国から比較的単純な労働力を入れる動きが顕在化してきている。私自身この流れは否定できないと考えるが、これらの移民が景気低迷時にホームレス化して社会の不安定要因とならないような受け皿の整備が併せて必要だと感じた。

7.おわりに

今回の研修は、車から人中心にまちづくりが変遷し、IOTが急速に進展する中で、最先端のモビリティ・デザインをどのように我が国の都市部で取り入れていったら良いかを検討していく上で、大変示唆に富むものであったと考える。多くの新しい事柄から、参加者はそれぞれが携わる事業の中でヒントを得られたのではないかと思う。また、本協会新参者の私にとっては、全国から参加された会員の方々とのネットワークが広がり有意義であった。最終日の宿泊ホテルではキャリーバッグが紛失するというハプニングに見舞われたが、出発直前に無事に手元に返ってきたので、今では良い思い出となっている。最後に今回の海外研修会を企画、運営された幹事・事務局をはじめとした関係者の方々と研修会参加者の皆様に改めて感謝申し上げたい。ありがとうございました。

以上