第56回通常総会見学会参加レポート
総会見学会参加レポート
株式会社銀座パーキングセンター
代表取締役 松澤 壮一
今回の第56回通常総会見学会(日程:6月15・16日・場所:茨城方面)に参加し、そのレポートをここに記します。参加者の多くは駐車場(関連)事業に関する経営幹部の立場です。経営に直結する知識はもちろん大切ですが、加えて間接的に経営に効いてくるリベラルアーツも、経営直結知識だけでは身につかない人間の幅・奥行き形成につながる大切なものと考えます。これらの知識は仕事に直ぐには役に立たないかもしれませんが、将来、思いがけず生きる時が必ず来る(学んでいなければその時は永遠に来ない)と信じています。その意味で、このような他業界、社会、歴史等を学ぶ機会を用意いただいた全日本駐車協会及び企画・運営に携われたメンバーの方々に改めてお礼を申し上げます。
以下、報告になります。
6月15日(木)
新日鐵住金(株)鹿島製鐵所
新日鐵住金(株)鹿島製鐵所は1968年に発足、来年には50周年を迎える日本の鉄の歴史を支えてきた基幹工場である。大消費地である首都圏まで80kmの鹿島臨海工業地帯に位置し、敷地面積が約1,000万㎡(東京ドーム約220個分)。固い砂礫層のうえに建てられている。同エリアは水が豊富で、製鐵所では主に鉄を冷やすために300万t/日の水が使用され、その92%が再利用されている(100%との差分は主として蒸発による)。構内には約13,000人(うち、同社社員は3,400人)が働いている。なお、現在稼働中の高炉は2基(新第1・第3高炉)である。
今回、我々は厚板工場の圧延ラインを見学させていただいた。真っ赤な鉄の板(スラブ)が圧延機のローラーの上を行き来して鋼の靱性や強度を高めながら伸ばされていく様相は圧巻。赤い鉄がローラーの上で我々の前に現れると強烈な熱を顔に感じる。
さて、製鐵所といえば、「ご安全に」の挨拶で有名だが、安全には最大限に注力しているはずである。駐車場事業も安全第一であり、参考になる事例をと工場内を見渡すと、やはり安全対策での工夫が随所にあることが発見できた。見学者の通路は緑色で塗られて色分けされ、他の部分と明確に区分されている。駐車場においても、場内車路の幅に余裕があれば行いたい対策だ。
立ち入り禁止場所には、見学者に子供もいることを想定してか、文字だけでなく絵による注意喚起も行なっている。また、立ち入り禁止の案内には、
①立ち入り禁止理由
②立ち入り許可職場
③立ち入り許可条件(安全対策)
が表記されている。
ただ立入禁止と表記するのではなく、理由を示すことで見た人に確実に守る意識を植え付ける意図が窺える。人はなぜ立ち入ってはいけないかの理由が分かっていないと、急いでいるからこのくらい大丈夫だろうとしてルールを軽んじてしまう。理由が分かっていれば軽はずみな行動はとらない。我々の生活はすべからく危険に囲まれており、安全とは「危険からどれだけ遠くにいられるか」(あるいは「周りの危険に対してどれだけ蓋をできるか」)が重要であり、そのためには何が危険でそれは何故かを知る必要がある。駐車場内でも取り入れたい考え方である。
JAXA筑波宇宙センター
JAXA筑波宇宙センターも東京ドーム12個分の敷地があり、広大なスペースで研究が行われている。同センターでは、宇宙飛行士の訓練場所(宇宙飛行士養成エリア)と「きぼう」の運用管制室を見学させていただいた。
国際宇宙ステーション「きぼう」は世界標準時間で運営されているため、当日の見学時間は「きぼう」では早朝6時頃となり、管制室内のモニターにはステーション内の誰もいないどこかの部屋が映し出されていた。また、米国NASAの基地ともLIVEで映像がつながっている。ガラス越しに見た管制室は、複数の役割で構成され、座席にはその役割名が表示されている。当日の室内は落ち着いた雰囲気であったが、おそらく不測の事態に備えて多くの国際ルールや手順書のもとで、運用管制技術を高める厳しい対応訓練を積んでいるものと推測される。相手は秒速8kmで動く物体であり、瞬時の判断が要求される緊張感のある仕事だ。
宇宙飛行士養成エリアでは、基礎訓練や健康管理のための施設を見学させていただいた。厳しい選抜の機会を経て選ばれた宇宙飛行士が、過酷な宇宙環境に適合する体を作る訓練が目に浮かぶ施設であった。宇宙飛行士の選抜基準は、頭脳明晰だけでなく、何が起きても落ち着いて行動でき、周囲との協調性が重要視されるとのこと。経営者の世界もそうだが、「できる」だけではダメで、「できる」かつ「できた」人が求められる世界である。
つくば都市交通センター
つくば駅中心に7か所・4,100台の駐車場を運営している「つくば都市交通センター」の駐車場事業について案内いただいた。辺り一面が見渡せる近隣の高層ビルに昇り、つくばの街並みと運営駐車場の位置関係について説明を受けた。駐車場の一つは、メインの顧客先であった西武百貨店の閉鎖により、ほとんど車両がない厳しい状況とのことである。
個別に、7駐車場の一つである「南2」駐車場を見させていただいた。駅と同駐車場の関係では、駐車場2階部分が、駅周辺一帯とつながる歩行者デッキと接続されており、地上に下りずに移動できる設計となっている。利用者が駐車場に戻る入口の上部に「おかえりなさいませ」の表記がある。場内に係の人は見当たらなかったが、もし係員がいればお客様に掛けるであろう「声」を表記し、ヒューマンタッチを意識した対応といえる。今後、駐車場は「量」から「質」への転換が進み、IT技術による自動化された施設とヒューマンタッチを重視する施設の二極化の進行が予測される中、簡単なことではあるが、大きな投資をせずに、人がいなければいないなりに工夫によりできる対応と感心。また、大きなお札やクレジットカードが使用できないため、精算機、出入口、エレベータ周りなど、場内各所に千円札や硬貨の準備を促す表記を入念に何回も表示している。本当に利用者に伝わることが大切であり、ここでもヒューマンタッチな対応が意識されていることが窺える。
6月16日(金)
稲田石の石切り場
稲田石は白御影石と呼ばれ白さが特徴。稲田石の鉱物構成比は、石英(硬度7)と長石(硬度6)で96%になり、非常に硬く水に強いのも特徴。最高裁判所の素材に用いられていることで知られるが、最近でも東京駅の改装(床)や歌舞伎座にも使用されているとのこと。国内産の石の中では安価な方らしい。稲田石は、稲田付近を中心に東西10km、南北5kmに亘って分布している。今回は前山採石場を見学させていただいた。現在は休止中だが、今後、採石を再開するとのこと。同採石場の高さは水面から30m、さらに水深30mとなっており、大きくむき出しとなった石壁面とともに迫力満点の光景となって眼前に迫ってくる。石割に際しては、一番割れやすい方向を「目」と呼び、石工の方は目を探して割る方向を決めているらしい。
稲田石は確かにすばらしい素材だが、駐車場に使う材料としては贅沢か。。。
茨城空港
紹介が遅くなったが、今回の2日間において、我々を案内して下さったバスガイドさんは地元茨城のご出身。そのガイドさんが茨城空港について、地元の評価・反応として教えてくれたのが「できてしまったものは、しようがない」というもの。正直、ロケーションの利便性はよいとは言えず、首都圏の空港との競争にはハンデキャップがある。特徴は利用における「安価さ」で、駐車場は何日停めても無料、東京駅と空港を結ぶバスが運行され、飛行機の利用者は500円で乗車できる(飛行機利用者でなくても1,000円ぽっきり)。空港から最寄りのJR線駅までタクシーで1,500円というからタクシー会社には辛いが。
ターミナルビルはコンパクトで、国際線・国内線とも同じフロアにあり、搭乗口まで直ぐの距離でチェックインまでの動線が短いのもメリットの一つである。空港デッキに出て滑走路方向を見渡すと、奥に航空自衛隊百里基地があり、タイミングが合うと戦闘機の離着陸に遭遇できる。
さて、全日駐の経営者の目線で空港を見るといくつか参考になる点に気付く(もちろん直接駐車場の運営につながるものではないが、発想や視点の持ち方で参考になる)。飛行機は通常はターミナルに対してまっすぐに駐機する。茨城空港ではターミナルに向かって斜めに駐機していた。飛行機はバックできないため、出発時に専用車両で押してもらう必要が生じるが、茨城空港では斜めに停めることで出発の際に自走しながら方向転換することができる。飛行場のスペースが空いていることを逆手に取り、駐機の仕方の発想を変えることで、プッシュバックの作業を不要(当然に専用車両の購入投資・維持費や作業員の人件費も不要)としている。前進で動き出せることは、到着機の折返し時間も短くて済むはずである。
また、羽田空港等にあるボーディングブリッジはなく、乗客の乗降はタラップで地上とつなぐやり方となっている。これにより、ボーディングブリッジの設置・維持費用やそれを扱う作業・人件費も不要となる。様々な工夫により同空港が競争に勝ち残り、「できてしまったものは、しようがない」から「できてよかった」となることを祈念したい。
陸上自衛隊土浦駐屯地武器学校・予科練平和記念館
陸上自衛隊土浦駐屯地は、大正10年に海軍臨時航空術講習部水上班として開設された海軍水上機発着場。昭和14年には予科練集部が横須賀から同地に移設。その後、土浦海軍航空隊に改名し、終戦まで予科練の教育を担当した歴史ある駐屯地である。
屋外展示品コーナーがあり、火砲館を含めて自衛隊の新旧装備品及び旧軍で使用された貴重な装備品を展示している。昔の米軍の戦車も展示され、当時におけるその規模や馬力を見ると、やはり戦力の差を感じざるを得ない。
武器学校の展示品
予科練は、資料によると海軍飛行予科練習生及びその制度の略称で、第一次世界大戦以降、航空機の需要が世界的に高まり、欧州列強に遅れまいとした旧海軍が、より若いうちから基礎訓練を行って熟練の搭乗員を多く育てようと、昭和5年に教育を開始。14歳半から17歳までの少年を全国から試験で選抜し、搭乗員としての基礎訓練をするもので、飛行予科練習生制度が始まってから、終戦までの15年間で約24万人が入隊した。このうち約2万4千人が飛行練習生過程を経て戦地へ赴き、なかには特別攻撃隊として出撃したものも多く、戦死者は8割の1万9千人にのぼった。予科練平和記念館は、予科練生達が憧れた空が見えるように工夫された窓の多い近代的な建物である。予科練生達の制服である「七つボタン」にちなんで、7つの空間から構成されている(入隊・訓練・心情・飛翔・交流・窮迫・特攻の7つ)。
過去の痛ましい事実と正面から向き合い、二度と戦争の歴史を繰り返さないこと。館内に残されている予科練生達の遺書の中に書き残せなかった思いを真摯に受け止め、昨今様々な議論はあるが、現実を直視して平和の大切さ、現在の時代を生き次の子供の世代に向けて何をすべきかを改めて考える機会となった。
<事務局追記>
16日(金) ゴルフコースについて
今回の見学会では初めての試みとして、二日目に予てから会員の方々から要望の多かったゴルフコースを設定し、龍ヶ崎カントリー倶楽部にて約20名の参加を得て実施いたしました。当日は梅雨時にもかかわらず、酷暑ともいえる快晴のもとでのプレーとなりましたが、研修会などとはまた違った雰囲気の下、参加された方々相互の懇親が大いに深まる一日となりました。