これからの駐車場ビジネス(第10回)
「まちづくりとMaaS」
    一般社団法人全日本駐車協会事務局   

連載10回目では、昨今さまざまな機会で取り上げられている「MaaS」(Mobility as a Service)への理解を進めるとともに、「街づくり」について考察してみたいと思います。
政府は2018年6月に閣議決定した「未来投資戦略2018」において「MaaS」を次世代モビリティ・システムの構築プロジェクトのひとつとして位置付けており、これと相前後して様々な委員会での検討が進められ、民間でもプロジェクト立ち上げが発表されています。また、今年度に入ってからは国土交通省ではMaaS等の新たなモビリティサービス実証実験の支援や、モビリティも含めた新たな技術を活用したスマートシティモデル事業の選定も行っています。
新たな技術と駐車場ビジネスとの関係は「自動運転」に関連する事項を中心に取り上げてきましたが、今回はより大きな広がりを持ちつつあるMaaSを切り口として検討を試みる次第です。

1.MaaSとはどのようなものか

⑴定義
先ず定義から見ていくと、ブリュッセルに本拠を置くMaaSアライアンスという国際機関の定義では、“MaaSとは異なる種類の交通サービスを、需要に応じて利用可能な一つの移動サービスに統合すること”(Mobility as a Service(MaaS)is the integration of various forms of transport services into a single mobility service accessible on demand.)とされています。一方わが国の国土交通省では、“ICTを活用して交通をクラウド化し、公共交通か否か、またその運営主体にかかわらず、マイカー以外のすべての交通手段によるモビリティを一つのサービスととらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念”としています。国土交通省の方がより具体的な表現となってわかりやすいものと言えますが、発達中の新サービスであることから、国や研究者によって定義の内容や含まれる範囲に違いがあるのが現状といえそうです。
また、自動運転と同様に統合の程度に応じて段階分けがされています。但し、上記のように定義すら共有されていない分野であることから、スウェーデンの大学研究者による分類が現時点では指針として扱われているようです。

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(スウェ-デン チャルマ-ス工科大学 研究者による)

レベル4 政策の統合
統合された各種サービスと、都市政策の見直し等、政策まで統合された状態
レベル3 サービス提供の統合
提供されるサービスが束ねられ、定額利用(サブスクリプション)まで可能となった状態
レベル2 予約・決済の統合
1トリップ毎のルート検索、予約、決済まで統合された状態
レベル1 情報の統合
複数の移動手段を跨ぐルート検索、料金情報等が統合された状態
レベル0 統合なし 
単独でのサービス提供の状態
図には凡例的に欧米で現在提供されるサービス名が記載されています。これに我が国のサービスを当てはめると、レベル0はカーシェアやシェアサイクル、駐車場予約等のサービス、レベル1は「グーグルマップのルート検索」「NAVITIME」等の各種サービスが挙げられると思います。海外の事例ではフィンランドの「Whim」がレベル3に位置づけられており、これに追いつくべく様々な取り組みが始まっています。
このレベル分けで留意すべきことは、最終的にはレベル4で「政策の統合」により都市の形が変わっていくこと。つまりは「スマートシティ」の実現に繋がる概念であることです。

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(政策投資銀行 経済月報2019.5)

⑵特徴
ここからは、MaaSという概念の特徴を整理していきたいと思います。簡単にまとめると、人々が移動する際にそれぞれ個別に移動手段にアクセスし利用していたものが、MaaSオペレータへスマートフォン等を介してアクセスすることにより、個々人のニーズに合わせた最適な移動手段が選択でき、予約、決済(運賃の支払)等が一元化されるサービスです。更にオペレータは人々の移動データを含めて集約された各種データを利用して、より精度の高い行動提案を行うことが可能となるというものです。人々にとっては非常に便利なものといえます。
一方、このシステムによって収集される膨大なデータは、いわゆる「ビッグデータ」といわれるものですが、ここから付帯的かつ派生的に様々なビジネスを創出することが可能となります。従って、ひとことで「MaaS」といっても展開の仕方により分類されることがあり、「広義のMaaS」や「狭義のMaaS」といったいい方もされています。MaaSという用語が使われる場合は、どの形式を対象としているのか、意識しておくことも必要であると思います。

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(政策投資銀行 経済月報2019.5)

⑶実現へ向けた課題

このように大きな可能性を秘めたMaaSですが、当連載で過去に取り上げた自動運転と同様に、実現へ向けた様々な課題もあるようです。
第一には「データ」に関わる問題です。ここでMaaS実現の為に必要となるデータや情報を想像して列記してみます。(狭義の移動に関するサービス統合型の場合)
・公共交通関係:時刻表、運賃表、運行状況等
・タクシー、ライドシェア等:配車状況、料金情報等
・行政関係:道路混雑状況、交通規制情報、(信号情報)等
これらの情報は既存のサービスでは程度の差はあれ個々に公開されていますが、MaaS実現には一定のルールに従って公開・共有されることが必須となります。このことは利用者の利便性向上には寄与することになりますが、各事業者にとってはデータの公開が中長期的に利益にどのように繋げていくか考える必要もあります。現在「GAFA」(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)と呼ばれる企業は個人情報をはじめとした様々なデータを収集し、それをビジネスに繋げる手段を独占しつつあるとして批判を浴びています。欧州等ではこれらの企業に対して個人情報の収集方法に問題ありと判断して罰金を科す事例も発生しています。我が国でもこれに足並みを揃える形でデータ収集に関する法改正が行われつつあります。
またデータに関しては収集とともに規格統一という側面も重要といえます。ISOなどのルールに則りデータ面での規格統一も進みつつありますが、まだまだ統合して分析するには課題があるといえます。当協会でも関わっている「APDS」(Alliance for ParkingData Standards)制定の動きも、まさにMaaSへの対応も視野にいれた駐車場運営に係るデータの統一を、欧州と米国の駐車場団体が主体となって取り纏めているものです。第二には、「決済」に関わる問題です。MaaSを利用する場合、複数の移動手段を利用しても一括してオペレータへ料金が支払われます。そこで各交通事業者へ料金がどのように分配されるのかという「決済」問題が生じてきます。またオペレータは様々な料金プランを利用者に提供することで、サービス向上を図り利用者を増やしていくとされています。特徴的なものは「サブスクリプション」といわれる定額制料金で、これは携帯電話やインターネットが定額制を導入したことによりマーケットが拡大したことに着想を得ているといわれています。MaaSレベル3でフィンランド等で展開されている「Whim」というサービスでは、一回5km以内のタクシー料金を含めて市内の交通機関が乗り放題となる定額プランを提供しています。
翻って我が国では交通機関の料金は、公共性の観点からその設定・変更にあたっては認可申請や許可が必要となっています。複数の交通機関を跨って均一料金で乗り放題となる乗車券は、訪日外国人旅行者を対象とした特殊な例があるのみで、柔軟な料金設定は難しいのが現状です。MaaSオペレータはある程度自由に料金設定を行うとされており、この意味では運賃の価格決定権が各事業者からMaaSオペレータへ移ることとなります。これは事業の根幹にかかわることであり、各事業者はどのようなサービスや利便を提供することで収益を上げていくのか、大きな経営判断が求められることとなりそうです。因みにMaaS先進国とされるフィンランドでは、これらの動きを促進する目的で従来の交通及び通信に関する法律群を「交通サービス法」として再構築する作業を2018年7月から「道路交通分野」、「航空・海運・鉄道分野」、「交通システムと関連デジタルサービス」と三段階に分けて進めています。我が国においてもMaaSを導入する場合、既存の法律の運用緩和や改正は必要となりますから、上記の問題をどのように整理しているのか、非常に興味深いところであります。

2.MaaSをいかしたまちづくりの動き

ここで、人の動きやモノの動きがMaaSを通じて変わっていくこと、つまり広義のMaaSと他のテクノロジーが加わることにより、都市が抱える様々な課題解決を模索する動きが進んでいることに触れていきたいと思います。MaaS定義でいうレベル4、つまり「スマートシティ」を目指す動きです。

<スマートシティ・チャレンジ:米国>
米国運輸省は2015年12月に、中規模都市を対象に効率的かつ統合された移動・輸送システムを構築して市民生活の向上を図るアイディアコンテストともいうべき「スマートシティ・チャレンジ」を実施しています。この背景には、米国は今後30年で7,000万人の人口増が予想され、特に中規模都市では他の地域に比べて3倍の比率で増加が見込まれること、その結果として①交通量の増加、②駐車場不足、③移動ルートの複雑化、④歩行者、自転車利用者の危険度アップなどの悪影響が予想され何等かの対策が求められていること、更には若者層が都心部居住を好み、かつクルマよりも自転車、徒歩、公共交通を好む傾向が認められるなど、人々のライフスタイルの変化にも対応する必要があったようです。このコンテストには78都市から応募があり、一次選考でポートランド市、サンフランシスコ市等を含む7都市に絞られ、最終的にはオハイオ州コロンバス市が選ばれています。

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米国政府 スマートシティレポート

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コロンバス市 提案書

取り纏めレポートには、応募した78都市に共通する課題の抽出や有望な施策の紹介、プラン実施にあたっての行政並びに官民の基金等からの援助などについても記載され、30年後の2050年に向けた都市の在り方をサポートしていくと述べられています。当選したコロンバス市の提案内容を見てみましょう。同市はオハイオ州の州都で人口85万人、都市圏人口は170万人の規模ですが、郊外の所得・教育のレベルが低い住民居住地区では出生児の死亡率が2倍という問題を抱えており、この格差改善を主たる課題として設定したプランです。
具体的な内容はおおよそ以下のように整理できます。
・ 地域の輸送・交通データを統合したセンターを設置し、医療側の妊婦の診察予約及び変更システムと交通系サービスをMaaSとして連携させる。
・ 居住地、商業施設(生活利便施設)、都心部、物流地区を結ぶBRTを導入し、これを自動運転EVで補完するラストワンマイル交通サービスを整備する。
・ これらの地域を「スマートコリドー」と位置づけて、信号システムの改修による車両や個人端末とのデータ交換を実現、センサー付街灯の整備、来街者への情報提供・決済等を行う路側情報端末設置などにより、安全・安心レベルの向上、環境負荷軽減等を実現する。

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コロンバス市のプランイメージ図

同様な政策は、隣国のカナダでも2018年に「スマートシティーズ・チャレンジ」として実施され、モントリオール市などが選定されています。米国との違いは対象都市を規模別に、①人口3万人以下、②人口50万人以下、③規模の制約なしの3種類に分類し、より幅広い都市に処方箋を提供できるよう意図されたものといえます。

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カナダ政府 スマートシティーレポート

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モントリオール市 提案書

尚、カナダではこれらの動きとは別に、トロント市でグーグルを傘下におく「アルファベット」社の子会社である「サイドウォーク・ラブ」(Sidewalk Labs)がウォーターフロント地区で進めている再開発が「スマートシティ」として注目を集めています。アルファベット社は自動運転技術を有する「ウェイモ」(Waymo)社も傘下においており、また該当地区内には各種センサーを設置してデータを収集し全体をコントロールすることで最先端の街を実現するとしていますが、プライバシー侵害を危惧する団体から激しい批判を受けているということです。本年6月に詳細な計画を公表しており、その進捗が注目されています。

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Sidewalk Labsが公表した提案書(一部)

 

<我が国の動き>
我が国のスマートシティへの取組は2010年頃から始まり、当初は「省エネルギー」のような個別分野に特化したもので、横浜市等で取組がなされてきました。これが2010年代に入ると、ICTの進歩により、「環境」、「エネルギー」、「交通」、「医療」等の複数分野に幅広く対処する分野横断型が増え、福島県会津若松市等で取組がなされてきましたが、先に触れた米国のスマートシティ・チャレンジのような国家を挙げて取り組む事例が表れたことから、これに遅れないよう様々な施策が現在進められています。
国土交通省が昨年8月に公表した「スマートシティの実現に向けて/中間とりまとめ」によると、総務省、経産省、環境省、内閣府など多くの官庁で取組がなされてきたことがわかります。

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      👆スマートシティを巡る取り組みとモデル事業スキーム(国土空通省)👆

人口減少時代に入った我が国は、発展が続く諸外国と比較するとこのような取り組みやシステムパッケージは十分な拡がりが期待できるとは言い難い面もあることから、国際標準化への積極的関与や海外展開の可能性を懸命に模索しているのだと思います。国土交通省ではこの中間取りまとめを踏まえ、本年3月から4月にかけて都市・地域課題を解決するモデル事業を公募し、5月末に選考結果を公表しました。その概要を以下に紹介します。
73のコンソーシアムから提案があり、“事業の熟度が高く、牽引役となる先駆的取組を行う「先行モデルプロジェクト」”として15事業、“国が重点的に支援を実施することで事業の熟度を高め、早期の事業化を促進していく「重点事業化促進プロジェクト」”として23事業、更に“提案に一定のレベルと意欲が確認できたコンソーシアム71団体”については、「スマートシティ推進パートナー」として関係府省で連携して支援することとしています。先行モデル事業に選考された地域やプロジェクトの内容は、大都市の業務地区や再開発地区、地方都市等が含まれ、かつ事業の内容も「中間とりまとめ」で取り上げられた6つの事例である、①「オールドニュータウン」、②大規模ターミナルのユニバーサルデザイン」、③「都市機能密集地の安全・安心の確保」、④「観光拠点の魅力向上」、⑤「地方都市における移動の足の確保」、⑥「都市施設の管理の高度化・効率化」を幅広く選定しています。このあたりは、都市の規模で対象を設定した米国やカナダと異なっており、予め課題例を設定したことで、先行する他国に追いつき、スピード感を持って取り進める意図があるのだと思います。

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   👆スマートシティによって解決すべき課題とモデル事業に選考された都市(国土交通省)👆

また国土交通省は、本年6月にMaaSを含めた新たなモビリティサービス推進事業を選定し発表しました。スマートシティ事業同様に①大都市近郊型・地方都市型、②地方郊外・過疎地型、③観光地型の3種類に分けて、応募のあった51事業から19事業を選定し、その実証実験を支援していくとしています。内容を見ていくと、自動運転とともに、定額制料金の導入や相乗りタクシー、或いは、茨城県つくば市のように、「移動」と「病院予約」の連携を図る米国コロンバス市の取り組みに一脈通じる実験も行われることとなっています。

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新モビリティサービス推進事業に選考された都市・地域(国土交通省)

3.駐車場ビジネスへの影響は・・まとめに代えて

今回はMaaSとその延長線上に「スマートシティ」を位置づけて様々な資料をご紹介しました。果たして会員の皆様の理解に資するものとなったか、些かおぼつかない内容となってしまったかもしれません。これはひとえに事務局の能力不足によるものであります。これらの動きに対して駐車場ビジネスにどのように対応していくかと考えると、先ずは事業に関わるデータの整備とキャシュレス化への対応が喫緊の課題であろうと思われます。今後他の移動手段との連携が求められるのは必定でありましょう。変化をどのように事業に生かしていくか、本稿のMaaS実現へ向けた課題の部分で述べた内容を駐車場に当てはめてみるのも良いでしょう。MaaSやコンパクト&ネットワーク施策は、環境負荷軽減と移動困難者の利便性の維持・向上の観点から公共交通を重視し、市街地へのクルマの流入をコントロールする方向性は明らかです。しかしながら地方都市を中心にクルマの占める移動分担率は、いまだ非常に高いものがあり、「スマートシティ」の実現も10~20年といったスパンで少しずつ進んでいくと考えられます。今後の様々な動きを冷静かつ大局的に見極めていくことが求められているのだと思います。
                                            以上

本稿をまとめるにあたり参考として活用した資料を下記に記載します。内容を省略した部分も多々ありますので、適宜オリジナルをご参照いただければ幸いです。
参考資料
・国土交通政策研究所報69号 2018年夏季
 MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)について
・日本政策投資銀行 経済月報2019.5
 MaaS(Mobility as a Service)の現状と展望<前編>
・US. Department of Transportation
 Smart City Challenge Lessons Learned
・Smart City Challenge
 Columbus, OH Final Application
・Government of Canada Smart Cities Challenge
 Spotlight on Finalists
・Canada’s Smart Cities Challenge
 Final Application by the City of Montreal
・Sidewalk Labs.
 Overview
・国土交通省都市局 平成30年8月
 スマートシティの実現に向けて【中間取りまとめ】
・国土交通省 スマートシティプロジェクトチーム事務局 令和元年5月
 スマートシティモデル事業いよいよ始動 (プレスリリース)
・国土交通省 総合政策局・都市局・道路局 令和元年6月
 日本版MaaSの展開に向けて地域モデル構築を推進!(プレスリリース)